Defficの理念

私が術を学ぶ前、私のパンチは単なるパンチで、キックは単なるキックだった。術を学んでからは、私のパンチはもはやパンチではなくなり、私のキックもキックではなくなった。しかし、術を理解した今、私のパンチはやはり単なるパンチで、私のキックは単なるキックに過ぎない

ジークンドー(截拳道)の歴史

1960年代にブルース・リーは、米国で詠春拳を基本とした振藩功夫(ブルース・リー式グンフー)を教えていたが、ロサンゼルスに移ってからさらに実戦的な武術を模索して研鑽・実践を重ねていき、1966年にその名称を截拳道とした。「相手の拳(攻撃)を截(たつ、防ぐ、さえぎる)道(方法、ダオ)」という意味であるが、これは「敵を倒す」という武術としての側面を表すとともに「生きていく上で直面する障害を乗り越える方策・智恵」も示したものである。

ブルース・リーは東洋哲学、特に古代禅仏教と老荘思想を高く評価しており、彼のルールに縛られないファイティングスタイルも、そうした自由な思想に多大な影響を受けていると思われる。 wikipedia抜粋

Defficの方向性

ブルース・リー師祖のデザインしたロゴマークには象徴的に太極図が配置されていますが、この太極図は陰と陽を表しています。陰と陽とは、女性と男性、マイナスとプラス、防御と攻撃、柔と剛、というように世の中のあらゆるものや現象が対象性を持って一つということを表しています。(陰陽互根)

Defficでは、防御と攻撃、大きい動きと小さな動き、遠距離と近距離、といった行為のみならず有形と無形という概念についても当然ながら対象性をもって一つと考えています。

私たちの指導ではフォームを重視しますが、突き、蹴りの一つ一つには力の発生の仕方と流れ、骨格の利用等、何をどう利用して動くのか裏付けがあり、それらを有形とし学びます。方向性が乖離しない中で、理にかなった動きを更に洗練できた時はまたこれを上書きし、周知していくのです。

有形は物事の理を学ぶものであり教材です。有形の在り方に固執してしまっては、不確定要素の多い実戦の中で存分に自己解放ができないと私たちは考えます。

自己解放と書きましたが、実戦とは瞑想であるということです。どのような我執からも解放され、自由闊達になったとき、截拳道という理念とDefficという方向性から一己の武術家として自己解放ができるのです。

 

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